東京高等裁判所 平成6年(行ケ)211号 判決 1997年3月12日
東京都台東区上野6丁目16番20号
原告
太陽誘電株式会社
代表者代表取締役
川田貢
訴訟代理人弁理士
北村欣一
同
田代作男
同
町田悦夫
同
青木實
同
石島茂男
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
斉藤恭一
同
矢田歩
同
及川泰嘉
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第3774号事件について、平成6年7月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年9月10日、名称を「積層形LCフィルタ」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(実願昭60-137491号)をしたが、平成2年12月5日に拒絶査定を受けたので、平成3年2月28日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成3年審判第3774号事件として審理したうえ、平成6年7月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月19日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層がスクリーン印刷により形成され、該導体層の上に高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とが交互にスクリーン印刷により積層形成されて焼成されて成り、前記コンデンサ用電極は前記誘電体層の高誘電率部分に、インダクタ用渦巻き電極は低誘電率部分にそれぞれ配設されたことを特徴とする積層形LCフィルタ。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、第1回マイクロエレクトロニクスシンポジウム論文集(1985年7月24、25日、東京・新宿 早稲田大学工学部)73頁~76頁(以下「引用例」という。)記載の考案(以下「引用例考案」という。)及び特開昭56-50507号公報(以下「周知例」という。)にみられる周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるので、実用新案法(昭和62年法律第27号による改正前のもの、以下同じ。)3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨及び引用例の記載事項の認定は認める。本願考案と引用例考案との一致点の認定は、「両者は、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層がスクリーン印刷により形成され」(審決書4頁5~7行)との点を否認し、その余は認める。各相違点の認定及び相違点(1)及び(3)についての判断は認める。相違点(2)の判断は争うが、「インダクタ用渦巻き電極が形成される誘電体層(絶縁体シート)は大容量コンデンサが形成される誘電体層(誘電体シート)より誘電率が低くなっており、換言すれば、高誘電率の誘電体層上にコンデンサ電極を形成し、低誘電率の誘電体層の上にインダクタ用渦巻き電極を形成し、これら誘電体層を積層して積層形複合部品を形成することは、引用例にみられるように公知である」(同5頁20行~6頁7行)ことは認める。
審決は、本願考案と引用例考案の一致点の認定を誤って相違点を看過する(取消事由1)とともに、相違点(2)の判断を誤り(取消事由2)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 一致点の誤認に基づく相違点の看過(取消事由1)
本願考案は、その要旨に示すとおり、「熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層がスクリーン印刷により形成され、該導体層の上に、高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とが交互にスクリーン印刷により積層形成されて焼成されて成・・・る」積層形複合部品であるから、絶縁基板は、焼成の際に熱的に安定であることが必要である。これを物品としての構成からみれば、絶縁基板の主面上に形成され焼成された導体層及びこの導体層の上に交互に形成され焼成された誘電体層は、絶縁基板の焼成温度より低い焼成温度の材料から成るものである。このことは、当初の本願明細書(甲第2号証)に、絶縁基板として、導体層や誘電体層の焼成温度の850℃より高いアルミナ磁器を用いることの記載があり(同号証明細書3頁15~16行)、アルミナの焼結温度が周知のように(甲第7号証参照)1600℃以上であることからも明らかである。
一方、引用例考案は、導体パターン及び低容量コンデンサ電極パターンをスクリーン印刷した絶縁体(誘電率の低い誘電体)グリーンシートと、スパイラル状のコイル及び抵抗体をスクリーン印刷した絶縁体グリーンシートと、高容量コンデンサ電極パターン及び導体パターンをスクリーン印刷した誘電体グリーンシートとが積層されて焼成されて成る積層形複合部品である。これを物品としての構成からみれば、焼成された絶縁体層、該絶縁体層の主面上に形成され焼成された導体層及びこの導体層の上に交互に積層形成されて焼成された誘電体層は、すべて同じ焼成温度の材料から成るものである。
そうすると、本願考案が、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層及び誘電体層を積層形成するのに対し、引用例考案は、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層及び誘電体層を積層形成するものではないから、この相違点を看過して、「両者は、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層がスクリーン印刷により形成され」(審決書4頁5~7行)る点で一致するとした審決の認定は、誤りである。
2 相違点(2)についての判断の誤り(取消事由2)
本願考案は、以下に述べるとおり、引用例考案及び周知例などからは予測することができない顕著な効果を奏するものであるから、当業者が、これらの考案に基づいて、本願考案をきわめて容易に考案することができたものとはいえない。
したがって、審決の「複合部品をコンパクト化するため、高誘電率の誘電体層と低誘電率の誘電体層を積層することにかえ、誘電体層にコンデンサ電極に対応する高誘電率部分とインダクタ渦巻き電極に対応する低誘電率部分が並存するようにすることは、当業者なら設計段階において必要に応じきわめて容易に想到実施できる程度のことと言わざるをえない。」(審決書6頁8~15行)との判断は誤りである。
(1) 本願考案は、絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導電層をスクリーン印刷し、コンデンサ用電極の上に高誘電率の誘電体層を、インダクタ用渦巻き電極の上に低誘電率の誘電体層をそれぞれ配置し、高誘電率部分及び低誘電率部分を有する誘電体層と前記導体層とを交互にスクリーン印刷により積層形成するものである。
このような構成にしたことにより、本願考案は、背が低く小型のLCフィルタが得られるという効果を奏するものである。
また、同一誘電体層上においてコンデンサ用電極がインダクタの磁気回路から離れて配置され、該コンデンサ用電極がインダクタ用渦巻き電極の磁気回路中に存在しないことにより、誘導電流が流れることがないので、インダクタの等価的なインダクタンス値の低下がない。しかも、積層して対向するインダクタ用渦巻き電極の間に、低誘電率の誘電体層が配置され、高誘電率の誘電層が介在することがないので、分布容量が大きくならず等価的なインダクタンス値の低下が少ない。したがって、本願考案のインダクタは、設計値どおりのインダクタンス値が得られ、このインダクタを用いたLCフィルタは所望のフィルタ特性が得られることになる。この効果は、出願当初の明細書(甲第2号証)の「比誘電率が高い・・・その目的とする」(同号証明細書2頁15~20行)の記載から明らかである。
これに対し、引用例考案においては、導体パターン及び低容量コンデンサ電極パターンを形成した絶縁体グリーンシートと、スパイラルコイル(インダクタ用渦巻き電極)及び抵抗体を形成した絶縁体グリーンシートと、高容量コンデンサ電極パターン及び導体パターンを形成した誘電体グリーンシートとが、積層された構成を有するから、積層方向に背が高いLCフィルタとなってしまう。また、高容量コンデンサ電極及び誘電体グリーンシートは、スパイラルコイルに対して水平方向にずらされて配置されても接近しており、スパイラルコイルの磁気回路中にコンデンサ電極が入ることになるため、該コイルの磁力線により該電極に生じる誘導電流によって、コイルの磁気回路の磁気抵抗が増加してインダクタンス値が低下し、設計値どおりのLCフィルタが得られないことになる。この磁力線の影響を回避しようとすれば、水平方向にも寸法が大きいという不具合が生ずるものである。
また、審決が挙げる周知例(甲第6号証)及び被告提出の各公報類(乙第1~第6号証。以下、これら乙号証を総称して「本件周知引用例」という。)に記載された考案等によれば、誘電体層(絶縁基板又は誘電体層)の上にコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を並置形成することは、周知であるとしても、これらはいずれも、コンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極が同一の材料から成ると認められる誘電体層又は絶縁体層の上に形成されている。したがって、該コンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極から成る導体層の上にさらに誘電体層と該導体層を交互に積層形成したものは、誘電体層の誘電率が高いと、インダクタ用渦巻き電極間で大きな分布容量が生じるため、設計値どおりのフィルタが得られず、また、絶縁体層を用いると、前記分布容量は小さくなるが、高容量のコンデンサを得るにはコンデンサ用電極を大きく形成しなければならず、フィルタが大きくなるという不具合が生ずる。
なお、特開昭59-68916号公報(乙第7号証)には、1つの積層コンデンサ内に広い範囲の容量値を有するコンデンサを数多く集積することを目的として、誘電体層と電極層が、それぞれ同一平面の各層において複数に区画され、区画された誘電体層がそれぞれ誘電率の異なる誘電体材料によって構成された積層コンデンサが記載されている。これに対し、本願考案は、小型化と回路設計値どうりのLCフィルタを容易に得るために、コンデンサ用電極を高誘電率の誘電体層に、インダクタ用渦巻き電極を低誘電率の誘電体層に構成したものであり、両者を比較すると、考案(発明)の目的、構成及び効果が相違することは明らかである。
(2) 引用例考案においては、高容量コンデンサ電極を形成した比誘電率の高い誘電体グリーンシートと、抵抗及びスパイラルコイルを形成した絶縁体グリーンシートと、低容量コンデンサ電極を形成した絶縁体グリーンシートとが積層され、その後に焼成されて完成する。これに対し、本願考案においては、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極が形成された導体層と誘電体層とが積層形成され、焼成した際、これら電極及び誘電体層が熱的に安定な焼結された絶縁基板と反応して接着される。
したがって、本願考案においては、焼成の際に、該絶縁基板に接着された導体層及び誘電体層の面方向の収縮が妨げられ、誘電体層の厚み方向の収縮が生じるとしても、誘電体層及び導体層の厚みの寸法は誘電体層の主面方向の寸法に比べて非常に小さいから、コンデンサの容量値及びインダクタのインダクタンス値に与える影響は、引用例考案のものに比べてはるかに小さく、より設計値に近いフィルタ特性を有するLCフィルタが得られるものである。
なお、本願考案において熱収縮による容量値の変化が引用例考案より小さくなることは、出願当初の明細書に記載がないが、本願考案の構成から必然的に導出されるものであって、自明のことである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
本願考案は積層LCフィルタに係るものであり、同フィルタは焼成前の状態で使用することはできないから、本願考案の対象である完成物品としての積層LCフィルタは、<1>熱的に安定な焼結された絶縁基板と、<2>該絶縁基板の主面上にスクリーン印刷により形成され焼成されたコンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層と、<3>該導体層の上に交互にスクリーン印刷により積層形成され焼成された高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とで構成された積層形LCフィルタ(積層形複合部品)である。
原告は、本願考案が導体層と誘電体層の焼成温度が絶縁基板の焼結温度より低いとし、この構成は本願明細書(甲第2~第4号証)の実施例の記載から明らかであると主張する。しかしながら、この主張は、実用新案法が物品の形状、構造又は組合せに係るものを保護の対象とし、製法に係るものを保護の対象としていないことを忘れた主張であって失当である。
しかも、引用例考案も、焼成前の状態で使用することはできないから、完成された状態でみると、<1>熱的に安定な焼結された絶縁基板と、<2>該絶縁基板の主面上にスクリーン印刷により形成され焼成された導体層と、<3>該導体層の上に交互に積層形成され焼成された絶縁体シート(誘電体シート)と導体層とで構成された積層形複合部品であり、本願考案と同様の構成である。
以上によれば、審決の一致点の認定に誤りはなく、相違点の看過もない。
2 取消事由2について
(1) 引用例(甲第5号証)には、積層形複合部品において、高誘電率の誘電体層上にコンデンサ用電極を形成し、低誘電率の誘電体層上にインダクタ用渦巻き電極を形成することが開示されており、一方、周知例(甲第6号証)及び本件周知引用例(乙第1~第6号証)によれば、誘電体基板又は誘電体層上にコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を並置形成することは、当業者が必要に応じて実施していることである。
したがって、引用例考案において、高誘電率の誘電体層と低誘電率の誘電体層を積層することに代え、高誘電率の誘電体層上にコンデンサ用電極を、低誘電率の誘電体層上にインダクタ用渦巻き電極を並置形成し、本願考案の、「該導体層の上に高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とが交互にスクリーン印刷により積層形成され」、「前記コンデンサ用電極は前記誘電体層の高誘電率部分に、インダクタ用渦巻き電極は低誘電率部分にそれぞれ配設された」構成を採用することは、当業者が必要に応じてきわめて容易になしうる程度のことにすぎない。
なお、特開昭59-68916号公報(乙第7号証)には、積層コンデンサにおいて、特性の異なるコンデンサを得るために、高誘電率部分と低誘電率部分から成る誘電体層と導体層が、交互に印刷により積層形成された構成が開示されており、この積層コンデンサの構成と本願考案を比較すると、一体化される異なる素子がコンデンサのみかコンデンサ及びインダクタかの点で相違するものの、どちらも同一平面の誘電体層を複数の区画に分割し、その区画に配置される素子の要求する特性に応じて、区画された誘電体層をそれぞれ異なる誘電率の部分とし、当該誘電体層と電極となる導体層とが交互に積層形成された点で一致するものである。したがって、異なる誘電率を有する誘電体層と導体層とを積層形成することは、周知の技術にすぎないことが明らかであり、この技術により、複合部品全体として、「超小型化、超薄型化」という目的・効果を実現できるものである。
原告主張の本願考案の効果のうち、インダクタンス値の低下については、当初及び補正後のいずれの本願明細書にも記載されていないものであって、失当である。また、誘電体基板又は誘電体層の上にコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を並置形成する構成を採用すれば、当然、コンデンサ電極がインダクタの磁気回路から離れて配置され、該インダクタの磁気回路の磁気抵抗が増加せず、インダクタンス値が低下しないという効果を奏することとなる。なお、引用例(甲第5号証)においても、その第3図をみれば、絶縁体シート上に形成される渦巻き電極の位置と誘電体シート上に形成されるコンデンサ電極の位置とは水平方向でも垂直方向でも離れて配置されているので、インダクタの磁気回路の磁気抵抗は増加せず、インダクタンス値の低下はないと認められる。
(2) 原告が主張する、本願考案においては、焼成の際に、導体層及び誘電体層が焼結された絶縁基板に接着され、その面方向の収縮が妨げられるという効果は、製法上の効果であり、実用新案法の保護の対象ではないし、実質的にみても、本願考案がこのような効果を奏するとは認められない。しかも、上記の効果は、出願当初の本願明細書には開示されていないものである。
(3) 以上のことから、本願考案が引用例考案及び周知例などからは予測することができない顕著な効果を奏するとの原告の主張に、理由がないことは明らかであり、当業者は、これらの考案に基づいて、本願考案をきわめて容易に考案することができたものといえるから、審決の相違点(2)についての判断(審決書6頁8~15行)に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について
(1) 本願考案が、その要旨に示すとおり、「熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層がスクリーン印刷により形成され、該導体層の上に高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とが交互にスクリーン印刷により積層形成されて焼成されて成り、前記コンデンサ用電極は前記誘電体層の高誘電率部分に、インダクタ用渦巻き電極は低誘電率部分にそれぞれ配設された積層形LCフィルタ」であることは、当事者間に争いがない。
一方、引用例考案が、低容量コンデンサ電極パターン及び導体パターンをスクリーン印刷した絶縁体(誘電率の低い誘電体)グリーンシートと、スパイラル状のコイル(インダクタ用渦巻き電極)及び抵抗体をスクリーン印刷した絶縁体グリーンシートと、高容量コンデンサ電極パターン及び導体パターンをスクリーン印刷した誘電体グリーンシートとが積層され、焼成されて成る積層形複合部品であることは、当事者間に争いがなく、引用例(甲第5号証)には、絶縁体グリーンシートの材料として、「絶縁体材料には、α-Al2O3粉体とホウケイ酸鉛系ガラス粉体との混合物を使用した。この混合粉体に有機系のバインダ、溶媒、可塑剤からなるビヒクルを加えてスラリーを形成した。このスラリーから、スリップ・キャスティング法によって、膜厚約80μmの絶縁体グリーンシートを形成した。」(同号証73頁本文15~17行)との記載があり、「積層工程から焼成工程」として、「積層体を、室温から450-500℃まで徐々に加熱して・・・、800-900℃で焼成することによりCR内蔵基板を得た。なお、焼成条件は、抵抗体ペーストに合わせた。」(同号証74頁2~6行)との記載がある。
これらの記載及びその第3図(VCOの縦断面模式図)によれば、引用例考案においては、積層形複合部品全体が800-900℃で焼成されるから、前記の材料により構成される絶縁体グリーンシートが、熱的に安定な焼結された絶縁板となることは明らかであり、その焼結された絶縁板上には、スクリーン印刷により低容量コンデンサ電極、スパイラルコイル(インダクタ用渦巻き電極)及び導体パターンが形成されて焼成されているものと認められる。
ところで、本願考案の熱的に安定な焼結された絶縁基板においても、その上にスクリーン印刷によりコンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層が形成されて焼成されているものであるから、引用例考案において焼結された絶縁体グリーンシートは、本願考案における絶縁基板と、同様の構成及び機能を有するものと認められる。
したがって、本願考案と引用例考案が、「熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層がスクリーン印刷により形成され」(審決書4頁5~7行)る点で一致するとした審決の認定に、誤りはない。
(2) 原告は、本願考案が、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、導体層及び誘電体層が積層形成されて焼成されるのに対し、引用例考案は、絶縁体層、該絶縁体層の主面上に形成された導体層及びこの導体層の上に交互に積層形成された誘電体層が、すべて同じ温度で焼成されるから、両考案が相違する旨主張する。
ところで、引用例考案においても、焼成されて完成された絶縁体グリーンシートは、前記のとおり熱的に安定な絶縁板となるから、原告の上記主張は、両考案の積層形複合部品の焼成の工程の相違、すなわち、製造方法における相違を根拠とするものと認められる。しかしながら、実用新案法は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案の保護及び利用を図るものであって、物品の製造方法は考案の構成とはなりえないものであるから、その相違を根拠とする原告の上記主張は、それ自体失当といわなければならない。
2 取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)について
(1) 審決の「積層形複合部品においてコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を形成するとき、誘電体層(絶縁基板又は誘電体層)の上にコンデンサ電極とインダクタ渦巻き電極を並置形成することは、当業者が通常必要に応じて実施している」(審決書5頁4~8行)との認定は、当事者間に争いがなく、本件周知引用例(乙第1~第6号証)からも、誘電体層(絶縁基板又は誘電体層)の上にコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を並置形成することが、周知の技術であると認められる。
また、引用例考案に開示されるように、「高誘電率の誘電体層上にコンデンサ電極を形成し、低誘電率の誘電体層の上にインダクタ用渦巻き電極を形成し、これら誘電体層を積層して積層形複合部品を形成すること」(審決書6頁3~7行)が公知であることも、当事者間に争いがない。
ところで、引用例(甲第5号証)には、「近年、エレクトロニクスはICの飛躍的発展により、機器の小型に著しいものがあり、各部品の軽薄短小化の要求も一段と強いものになっている。筆者らは、これらの問題を解決する手段として、絶縁体と誘電体はグリーンシートを、抵抗体は印刷法を用いて、基板内にコンデンサ素子と抵抗体素子を内蔵した積層セラミック配線基板(以下CR内蔵基板と称す)を開発した。」(同号証73頁本文2~5行)との記載があり、この記載によれば、引用例考案においても、積層形複合部品の軽薄短小化がその技術課題とされていたものと認められる。
そうすると、引用例考案の積層形複合部品をより小型化、薄型化するために、コンデンサ電極が形成された高誘電率の誘電体層と、インダクタ電極が形成された低誘電率の誘電体層とを積層することに代えて、上記の誘電体層の上にコンデンサ用電極とインダクタ用電極を並置形成するという周知の技術を適用し、コンデンサ電極が形成された高誘電率の誘電体層と、インダクタ電極が形成された低誘電率の誘電体層とを並置形成する構成を採用することは、当業者がきわめて容易に想到できることと認められる。
また、特開昭59-68916号公報(乙第7号証)には、積層コンデンサにおいて、容量の異なるコンデンサを得るために、高誘電率部分と低誘電率部分から成る誘電体層と導体層が、交互に印刷されて積層形成された構成が開示されており、この積層コンデンサの構成は、同一平面の誘電体層を複数の区画に分割し、その区画に配置されるコンデンサの要求する特性に応じて、区画された誘電体層をそれぞれ異なる誘電率の部分とし、当該誘電体層と電極となる導体層とが交互に積層形成されるものであるから、このことからも、異なる誘電率を有する誘電体層と導体層とを積層形成することが、周知の技術であることが明らかである。
したがって、審決の「複合部品をコンパクト化するため、高誘電率の誘電体層と低誘電率の誘電体層を積層することにかえ、誘電体層にコンデンサ電極に対応する高誘電率部分とインダクタ用渦巻き電極に対応する低誘電率部分が並存するようにすることは、当業者なら設計段階において必要に応じきわめて容易に想到実施できる程度のことと言わざるをえない。」(審決書6頁8~15行)との判断に、誤りはない。
(2) 原告は、本願考案の効果として、背が低く小型のLCフィルタが得られると主張する。
しかしながら、引用例考案において、誘電体層の上にコンデンサ用電極とインダクタ用電極を並置形成するという周知の技術を適用し、コンデンサ電極が形成された高誘電率の誘電体層と、インダクタ電極が形成された低誘電率の誘電体層とを並置形成する構成を採用することにより、原告主張の上記本願考案の効果と同様の効果が生ずるであろうことは、当業者であれば容易に予測することができるものである。
また、原告は、本願考案の効果として、同一誘電体層上においてコンデンサ用電極がインダクタの磁気回路から離れて配置され、インダクタの等価的なインダクタンス値の低下がなく、積層して対向するインダクタ用渦巻き電極の間に、高誘電率の誘電層が介在することもないので、分布容量が大きくならず等価的なインダクタンス値の低下が少ないと主張するが、この効果も、引用例考案において、前記の周知の技術を適用し、コンデンサ電極が形成された高誘電率の誘電体層と、インダクタ電極が形成された低誘電率の誘電体層とを並置形成する構成を採用すれば生ずるであろうことは、当業者にとって容易に予測することができるものである。
さらに、原告は、本願考案において、熱的に安定な焼結された絶縁基板と、積層されて電極が形成された導体層及び誘電体層とが、焼成した際に反応して接着されるから、熱収縮による容量値の変化が小さくなる旨主張する。
しかしながら、上記効果の差異が仮に生ずるとしても、それは、積層形複合部品の焼成工程の差異に基づく製造方法上の効果であり、実用新案法が物品の製造方法を対象とするものでないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は、それ自体失当というべきである。
したがって、本願考案が、引用例考案及び周知例などからは予測することができない顕著な効果を奏するとする原告の主張は、すべて理由がないと認められる。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)
平成3年審判第3774号
審決
平成3年審判第3774号
東京都台東区上野6丁目16番20号
請求人 太陽誘電 株式会社
東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル703
代理人弁理士 北村欣一
昭和60年実用新案登録願第137491号「積層形LCフィルタ」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年3月23日出願公開、実開昭62-47222)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1. 本願は昭和60年9月10日に出願されたものであり、その考案の要旨は、平成2年10月29日及び平成3年3月29日の日付の手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの
「熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に、コンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成る導体層がスクリーン印刷により形成され、該導体層の上に高誘電率部分と低誘電率部分とから成る誘電体層と前記導体層とが交互にスクリーン印刷により積層形成されて焼成されて成り、前記コンデンサ用電極は前記誘電体層の高誘電率部分に、インダクタ用渦巻き電極は低誘電率部分にそれぞれ配設されたことを特徴とする積層形LCフィルタ。」
にあるものと認める。
2. これに対し、原審における拒絶の理由に引用された 第1回マイクロエレクトロニクスシンボジウム論文集(1985年7月24、25日、東京・新宿 早稲田大学理工学部)第73頁乃至第76頁(以下、「引用例」という。)をみるに、特にその第1図、第3図及びその関連説明には、コンデンサ、コイル等を内蔵した積層セラミックス配線基板(積層セラミックス部品)に関し、アルミナ粉末とガラス粉末との混合物粉末に有機系のビヒクルを加えて形成したスラリーから絶縁体グリーンシートを形成し、この絶縁体グリーンシート上に導体ペーストをスクリーン印刷して電極パターンと導体パターンを形成し、この導体層の上に絶縁体シートと導体層とを交互に積層形成し焼成して、数100PF以下の低容量コンデンサを形成すること、上記絶縁体シートにコイルもスパイラル状に形成すること、さらに上記積層の絶縁体シートに接して、高誘電率を発現する三成分系粉末に有機性ビヒクルを加えて誘電体グリーンシートを形成し、該シート上に電極パターンと導体パターンを形成し、この導体層の上に誘電体シートと導体層とを交互に積層形成して、数100PF以上の大容量コンデンサを形成することが記載されている。
3. 本願考案と引用例に記載されたものとを対比するに、両者は、熱的に安定な焼結された絶縁基板の主面上に導体層がスクリーン印刷により形成され、該導体層の上に誘電体層と導体層とが交互に積層形成されて焼成されて成る積層形複合部品である点で軌を一にするが、(1)本願考案の導体層はコンデンサ用電極及びインダクタ用渦巻き電極から成っているのに対し、引用例の導体層はコンデンサ用電極又はインダクタ用渦巻き電極から成っている点、(2)本願考案の誘電体層は高誘電率部分と低誘電率部分とから成り、コンデンサ用電極は高誘電率部分にインダクタ用渦巻き電極は低誘電率部分に配設されているのに対し、引用例のものはそのようになっていない点、及び(3)本願考案はスクリーン印刷により誘電体層と導体層を交互に形成した積層形LCフィルタ(積層形複合部品)であるのに対し、引用例のものにはその旨の明記がない点、において相違する。
4. よって、検討するに、相違点(1)に関し、積層形複合部品においてコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極を形成するとき、誘電体層(絶縁基板又は誘電体層)の上にコンデンサ電極とインダクタ渦巻き電極を並置形成することは、当業者が通常必要に応じて実施しているところと認められる(必要ならば、例えば特開昭56-50507号公報(以下、「周知例」という。)の、第3図や第7図などを参照されたい。)。したがって、コンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極より成る導電層を誘電体層の上に並べて形成すること、即ち導体層をコンデンサ用電極とインダクタ用渦巻き電極で構成することは、積層形複合部品の小型化を考慮するに際し、きわめて容易に実施できる程度のことと認めざるをえない。
相違点(2)に関し、引用例のものにおいて、インダクタ用渦巻き電極が形成される誘電体層(絶縁体シート)は大容量コンデンサが形成される誘電体層(誘電体シート)より誘電率が低くなっており、換言すれば、高誘電率の誘電体層上にコンデンサ電極を形成し、低誘電率の誘電体層の上にインダクタ用渦巻き電極を形成し、これら誘電体層を積層して積層形複合部品を形成することは、引用例にみられるように公知であるから、複合部品をコンバクト化するため、高誘電率の誘電体層と低誘電率の誘電体層を積層することにかえ、誘電体層にコンデンサ電極に対応する高誘電率部分とインダクタ渦巻き電極に対応する低誘電率部分が並存するようにすることは、当業者なら設計段階において必要に応じきわめて容易に想到実施できる程度のことと言わざるをえない。
相違点(3)に関し、スクリーン印刷により誘電体層と導体層を交互に形成する点につき、実用新案法は、技術的思想の創作のうち物品の形状、構造又は組合せに係るものを保護の対象とし、「方法」に係るものを保護の対象としていないから、この「スクリーン印刷」という方法的記載は考案を格別に限定したものとみることができない。また、本願考案が積層形LCフィルタである点につき、コンデンサとインダクタを内蔵する複合部品でLCフィルタを構成することは、例えば上記周知例にもみられるように、当業者には周知な事項であるから、この点において特別に技術的意義があるものと言うことはできない。
5. 以上のとおりであるので、本願考案は引用例に記載されたもの及び周知例に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年7月29日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)